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はじめまして!
こんにちは。
心理カウンセラーの国神 空良(くにがみ そら)と申します。
起立性調節障害を中心に活動しております。
その他、自己肯定感を上げ自信を手に入れたい方
不安症の方 などのご相談にも乗らせていただいております。
息子が中学入学早々患った起立性調節障害(夢も希望も奪われて…)

「起立性調節障害」という病気、自分の子供が患うまで名前さえ知りませんでした。 初めて聞いた時、「え?なに?起立性?聞いたことない・・・」。こんな感じでした。
はじまりは、中学に入学してすぐ、朝「お腹痛い、気持ち悪い」と始まりました。うちの子供は小さい頃から胃腸が弱く、さほど珍しいことではなかったので「いつものことだ」といった感じで気にも留めていませんでした。「お腹痛い!」と言いながらも普通に登校して部活にも参加し19時頃帰宅といった毎日を送っていました。
次第に、腹痛の度合いが酷くなり、頻繁に訴えるようになりました。
その内、「ちょっと今日はお腹痛すぎるから遅刻して行っていい?」「調子が悪くて起きられないから、今日学校休んでいい?明日はちゃんと行くから」というやり取りが増えていき、親も「なんかおかしいぞ!」と思い始め心配が増えていきました。

病気だとは思わなかったので、「何か学校であったのかな?」 、 「学校に行きたくないのかな?」と正直そのようにしか考えませんでした。休む度に子供に問いただし揉めていました。ご想像の通り家の中は暗い嫌な空気が漂っていました。
親としては、当たり前に生活してもらいたいだけ。「何か心配事があるなら言ってほしい。早く解決して学校へ行ける状態に戻したい!」ただ、それだけで必死でした。
6月に入る頃には、状態がさらに悪くなり週に普通に2日行けたら良い方で、遅刻や休みを繰り返す毎日。
「今日もまたお腹痛いの?」
「今日も起きられないの?」
「ちゃんと昨夜は寝たの?深夜まで起きてたんじゃないの?」
「起きられないってどういうことよ?」
「普通起きれるでしょ!」
「なんか隠してるんじゃないの?」
「甘えは、許さないよ」
「本当にお腹痛いの?本当に調子悪いの?」
「あんた、学校の勉強どうするつもりよ」

↑こんな事を毎朝言っており、
今思うと、鬼母です。毎朝母からの痛い言葉。子供を苦しませていました。
あの頃のことを思うと、子供は何も言わず私に調子が悪いことをずっと訴えていたんです。
でも、理解できない私は子供の怠慢だと思い、当時私より背の低かった子供を玄関から放り投げて、カバンも靴も全部です。厳しく接していました。小学生の頃は、毎朝正門が開く30分も前から登校するような子供で、スポーツも小学校卒業までサッカー部に所属し元気で活発な子供でした。年相応の忍耐強さは養われているはずなのに、なぜ、挫折しているのか理解できなかったのです。
小学生の頃、どんなに怒られても一度も泣いたことのない子供が中学生になって大粒の涙を流し毎日のように泣いていました。どれだけつらかったのか想像すると耐えがたいです。
パートをしていた私は、帰宅しては子供と2時間~3時間と毎日のように顔を突き合わせ、親子で泣きながら話し合いをしていました。気が付くと外が真っ暗になっていたなんてしょっちゅうでした。自分の体が思うように動かない、自分の体は一体どうしちゃったんだろう。と悩み苦しんでいたんです。
当時の子供の口癖は、「俺の中学校生活を返せ!」「俺の人生つんだ」「衝動的に何するかわからない自分が怖い」でした。
仕事に行くのも心配で仕方がなかったことを覚えています。
私が仕事に行っている間に、何かあったらどうしようと毎日ひやひやしていました。

ある時、「ここから飛び降りたら死ねるかな?」とその日も調子が悪く青白い顔をした子供が下を見下ろしていました。その日は、ゾッとするような雰囲気で仕事に行くのを躊躇してしまうくらいでしたが、それまでも、命について・生きる意味についてずっと話してきていたので思うところはありましたが、「その命も人生もあなたのもの。どう扱おうとあなたの自由だよ。好きにすればいい」と落ち着いて冷静に子供に伝えました。(この対応が正しかったのか間違っていたのかわかりません)
ただ、今まで彼に伝えてきた命の大切さをちゃんと彼が理解してくれていると信じていました。ある意味賭けでしたが絶対大丈夫と自信があったのです。そして後ろ髪をひかれながらも出勤。
内心はドキドキで「本当に命を落としたら・・・」と。あんな事を言ってしまった自分を後悔したり、仕事に出てしまった自分は正しかったのか?と葛藤していました。
ありがたいことに、帰宅後子供はいつもより穏やかなスッキリとした表情をしており、心底ホッとしたのを覚えています。このような戦いの日々が半年ほど続きました。

起立性調節障害とわかったのは半年後でした。
初めて聞く病名、起立性調節障害。「起立性ってなに?」こんな感じでした。ただ、何をやっても一向に良くならず原因もわからない状況から、一歩進めたような
やっと原因がわかってどこかホッとしたのを覚えています。
やっと対処できる!調べられる!と思い、そこから鬼のように調べ勉強しました。
自律神経系の病気、思春期の子供がかかる病気、なまけでも甘えでもない。本人の意思ではどうする事もできない。
崩れてしまった神経を時間をかけて整えていくしかないこと。
そこから、私たちの生活はガラッと変わりました。

本格的に始まった起立と向き合う生活。
とにかく、「この病気の事を知らなければ始まらない」と、調べに調べまくり、
そして、体の事、神経の事、個々によって症状やパターンが違うこと。
なら、自分の子供がどんなパターンを出すのか、1年を通してパターンを知るところからはじめました。
季節・気温・気圧・時間・食べ物・そのパターンパターンによって起こす症状・どのような対応をすれば本人の症状悪化を避けられるか?起立に関わる神経は何に影響されるのか?などです。すると、1年経つ頃にはだいたいのパターンが見えてくるようになり、次第に子供本人も私も、対処が出来るようになってきたのです。事前の対処・事後の対処どちらもです。
ここまで来ると、いろいろな事に応用が利くようになり、例えば、勉強時間に応用したり、運動する時間に応用したり、塾の時間を決めたりとかなり生活パターンとして充実した物になっていきました。
ただ、起立性調節障害という病気は、こちらの思うようにはならない厄介な病気です。計画してもそのようにならないことも多々あり、ずれ込み出来ない事も多くありました。が、この病気はそういう病気なんだと割り切って、出来なくて当たり前出来たらラッキーくらいで考えるようにしていました。
できるだけ、出来た事にフォーカスするようにし、出来なかった事は「次に1つでもできたらいいね!」ぐらいで軽く流し出来たときは倍喜ぶ感じで、少しづつでも進んでいるんだという感触が本人に芽生えるように工夫していました。

起立生活を取り組む中で、順調に行っていたかというとそんなことはなく、一番私にとってどうしようもなく足を引っ張っていたのが、私自身の常識や価値観・固定概念・それが普通といった「そうするのが当たり前」といったような執着でした。この自分にこびり付いている概念を払拭しなくては前に進めないし取り組めないといつも自分に葛藤していました。
(わかっているのに)
この後におよんでまだ学校に行かせようとする自分。
(わかっているのに)
午後に復調し元気にしていると、小言を言いたくなる自分。
(わかっているのに)
普通校にこだわろうとする自分。

世間や社会が決めたルールに乗せたがってしまっている自分。頭ガチガチの自分にうんざりし、嫌気がさす事も多々でした。
自分もそうやって一般的なルートで生きてきたから、知っているやり方の方が安心。無意識にそう思ってしまっていたんですね。
頭の中では、一般常識や価値観に囚われるな!やり方はいくらでもある。考え方次第!と2人の自分がいつも戦っていました。
それほど、人にこびり付いた概念を取り払うのは大変だということです。
本当にこの子のことを考えたら何を選択しどう進めば良いのか自ずと答えは出てくるはずなのに。
こうやって親が腹を括らないでクダクダしていてはダメだ!決められるものも決められない!と考えました。
親から変わらなくちゃいけないと気づく
それまでの私は、上記に述べた通りこだわりと戦い、「なぜこんな仕打ちに合わなければいけないの?(怒)」と怒りのぶつけ場所もなく混沌としていたり、なかなか前に進めないでいましたが、
ある時、「こういう私だからだな」「精神的に成長しなくちゃいけないのは私だ!」と気づいたんです。
この病気と対峙していくためには、人間としてもって成長しないとダメだと。今までの常識や当たり前、概念に縛られていたらやっていけない。自分のガチガチに固まった頭を柔らかくして、新しい世界があること、違う世界や考え方がもっとたくさんあることを模索しなくちゃダメだと気付いたんです。
今の子供の状況に応じて、どんな生活スタイルが一番負担が減らせるのか?
親が起立性調節障害を「病気」としっかり認識して、中学時代という大事な年月ではありますが、病気を治すことが先決と腹をくくる。病気になってしまった現実を嘆くのではなく、そこから何かを学ぶ努力をし子供と共に自分も成長すると決めたのです。

どんな事があっても、私が絶対子供を守ると決めたこと。今、自分がやろうとしている起立と向き合うチャレンジがうまくいくかわからない。でも、精いっぱいチャレンジする。もし、うまくいかなくてもやれるだけやった。子供も精いっぱい努力した。それでもうまくいかなかったら・・・。いろいろ考えますよね。
どうなるかわからない訳ですから。でも、「いつもあなたを守る存在がいるよ!」という事を子供に知ってもらい、安心して起立と向き合ってもらいたい。そう決めてブレることなく行動しよう!もう決めてしまったら気持ちの整理ができたのか迷うことはなくなりました。
自分の中にあったモヤモヤやわだかまりもすっかりなくなって驚いたほどです。
この病気にかかった事、何か意味があったんだと。この病気を通して悩みや苦しいこともたくさん経験するけれど、必ず大きな何かを手にすることができる!成長するチャンスなんだと捉える。意味のない経験なんてない訳で、意味があるから身に起きている。きっとこの経験は、未来のどこかと繋がっている。そして、未来で誰かを救うことになる。そのための試練であり勉強なんだと捉える。そう考え行動しました。(もう自分への言い聞かせです)
そして、親の私も狭い常識に囚われて生きてきた自分への勉強の期間を与えられた事。もっと広い世界がありますよ。もっと多くの考え方がありますよ。世界は広いですよ。広い視野で物事を見なさい。と、この病気を通して教えてもらっているんだと。
しっかりモノにしてやろう!!この病気としっかり向き合って成長するぞ!
子供も私も一回りも二回りも大きくなってやる!
こうやって、自分の考えも徐々に変わっていきました。

我が家にとって、地獄のような生活は最初の半年、その後、親自身の葛藤生活を合わせて1年ほどです。
子供がいかに新しい生活環境で自分らしく自分のできることを前向きに行動していけるように環境を整えられるか。(以下は我が家のやり方なので参考までに)
我が家では、学校へ行くという選択肢を外しました。親が「行け!」とは言わないという意味です。本人が行く努力をして通う分には協力するということ。季節によっては症状が軽かったりするので、行ける時期もあったりします。でも、長期お休みを取っているとなかなか通えなくなるのも事実。無理に「行きなさい!」とは言いませんでした。起立は、プレッシャー、ストレスに非常に反応し症状としてあらわれるからです。本人も気が付かないうちに体に影響が出始めるのが起立の厄介なところです。とにかく、体に症状を出さない。出させる習慣を減らす。身体に癖付けない。という考えで取り組んでいました。
もう、変な話、中学時代は捨てる!ぐらいな気持ちでやっていました。その代わり、治ったら存分学生生活を取り戻そうね!と話していました。ある意味割り切りです。中学時代は全て起立を治す事に専念する。という事を一番に考え、他の課題は、それに合わせて肉付けしていく。といった具合です。
ある意味割り切ってしまうと、子供も親も本当に楽になれました。楽になれるという事は、心に余裕が生まれ穏やかな時間が増えるっという事に繋がり、我が家は、起立期間でも想像以上に平和に暮らしていました。初めの1年目が信じられないぐらいに、家の中は穏やかで笑顔もありなんといっても本人の起立症状が年々軽くなっていっていたという事実もそうさせていたのだと思います。
中学時代の生活スタイルは、スケジュールを作りルールを決め、だらしない生活にならないよう工夫していました。
●目標を立てる●無理のない勉強スケジュール●運動●自由時間●塾 など
難しいのは、スケジュールを立てたとしてもなかなか思う通りに進まないということです。
その日の体調に合わせて、臨機応変に対応していました。
我が家は、方針として「病気であるけれども時別扱いはしない」という考えでやっていました。
病気というワードに囚われて、ついつい特別に見てしまったり特別な扱いをしてしまいがちですが、たまたま病気になっただけで、あなたは特別な子供ではありません。どこにでもいる普通の子供なのでやることはやってもらいます。ぐらいの気持ちで生活してもらいました。

現在大学2年生。登校前に撮影。誰もこの子が6年近くも起立に苦しんでいた事など想像も付かないと思います。今は何もなかったかのように普通の大学生。
約6年間、長い道のりだったな~と思う反面、結果的に一番近道だったのかもしれないと思っています。
彼も私もこの起立を通してたくさんの事を勉強させていただき成長できたと思っております。
こういう日を迎えられた事に本当に感謝しています。
大学1年、初登校の日。原チャリで颯爽と走り去って行く後ろ姿を見送った時、「こんな日が来たんだな~(泣)」と一人で感動していました。
本人は、現在ほぼ完治していますが、時々、低気圧と戦っています(起立性調節障害あるあるです)

カウンセラーになろうと思ったきっかけ

起立性調節障害という病気。今こそ少し世間で聞くようになりましたが、それでも認知度としてはまだまだだと思っています。
突然、我が子が訳のわからない病気に掛かり、生活や人生までも一変してしまったといっても過言ではないくらい、濃い経験をすることになります。
起立と向き合っていた間、私が悩まされていた事の一つに「相談する相手がいない」という事でした。
数人の友人に話を聞いていただいていましたが、皆、経験がないので返す言葉がないのです。聞いてくれるだけでもありがたいのですが、共感を得られず答えもないので虚しい気持ちでした。ただ友人に気を遣わせてしまったという申し訳なさが残るだけで、心も満たされずそんな思いでいました。
当時からいろいろ調べていた知識で、中学生の約10%が起立症状を持っているという事を知っていたので、同じ境遇のみなさんもつらい思いをしているんだろうな~と漠然と考えており、それが次第にこの経験を生かしたいと変わっていきました。

このような経験はなかなか出来るものではありません。(良い悪いは別として!)
いつしか・・・

子供の起立症状が落ち着きを見せ始めたのを機に、資格を取り今に至ります。
資格取得のため勉強していく中で、自分が起立に対して取り組んできた事が、的を得ていた事に気づき自信に繋がりました。
現在は、起立症状を抱えているご本人様やそのご家族様をカウンセリング(コーチング)させていただいております。

経験者だからわかる苦しみ・葛藤など共感できる部分がたくさんあることで、近い立場でお話しをお伺い出来る事を感慨深いと感じております。そして、ご縁があり関わらせていただいた方々が、徐々に元気を取り戻し少しづつではありますが、心身共に健康になっていく様子をご家族様と一緒に体験出来ることは、本当に言葉に表せないほどの感動です。
そして、私自身も皆様に育てていただいていることに感謝です。
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